今日は子どもたちに方便*を使う。
*真実の教えに至る前段階として教化される側の、
宗教的能力に応じて説かれた教え。
モンゴルや中国北部(内モンゴル)で,愛される楽器「馬頭琴」
(モンゴルでは"モリン・ホール")
「スーホの白い馬」に出てくる楽器。
この物語は,浜松(静岡県)の国語の教科書に
採用されていておなじみ。
スーホは仲のよかった白い馬の亡骸から
馬頭琴をつくる。
胴には皮,弦と弓はしっぽの毛,駒には骨という具合に。
子どもたちには,モンゴルの放牧生活を教えた。
「困るものはなに?」→「学校」,「食べ物屋さん」
「トイレ(たぶん下水施設を想像したのかな)」
という答えが返ってくる。
「お墓はどうする?」
「そういえば死んだところで埋めても,そこには
戻って来れないんだよね。」
「じゃ,お墓を持ち歩けばいいじゃん。」
「どうやって?」
「かばんに入れるとか」,「ちっちゃいお墓(笑)」
「死んだ人の骨だけでも持ち歩くことにすれば?」
「あっ,わかった,それでスーホは白い馬の骨で
楽器を作ってずっと一緒にいたんだ。」
「そうかもね,でも,他の何物でもなくて
楽器ってところが素敵だね。」
太字がぼく
#本当のところは,ラマ教の教義によるところが大きいし,
そんなにロマンチックなものじゃないとは思ってるんだけど・・・
お赦しを・・・
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